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This is the day

レビューを書いて文章力をあげたいという甘い考えの産物です。

男性を生物学的に子どものワクチンの日程などについていけない、哀れだけれども愛すべき生き物として見る

どうも、訳書のハウツー本は、好きになれない。

訳している人が、訳する側の言語(フランス語なり英語なり)に精通しているからか、その言語のニュアンスを無理やり訳そうとして、何が言いたいかわからない文章になりがちだと思う。

 

一時期、電車の車内広告でやけにフランス人押しな本があって、本屋にも平積みされてたからチラチラっと読んでみると、フランス人の考え方に妙に共感できる自分が。

 

フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質

フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質"を高める秘訣~

 

 

そういえば、母はフランス系の家系だし、母の考え方に似ている気もする。折しも、ベビー誕生に沸くちゃな家では、ニューボーンベビちゃんをどう育てるかに興味が湧き、図書館で色々な本を借りてみるも、また助産師さんたちに相談してみるも、0歳以下ではみんな「褒めて育てましょう」「子どもが求めたら欲しいだけあげましょう」という、超マイルドお子様優先メソッドの羅列。

もちろん、0歳のうちからビシバシ鞭打ってスパルタ教育をするつもりはないけれども、いいことと悪いことはちゃんとしつけたい。そういえば、しつけってみんなどうしてるんだろう。冷静に考えてみると、子どもをしつけてる人って見たことない。

自分の子どもの頃を思い返すと、成功してるかどうかはともかくとして、しつけに厳しい両親だったので、しょっちゅうお尻を叩かれていたし、夫もゲンコツ(殴るというよりは、グリグリやる感じのやつ)でお灸を据えられていたというから、親世代では当たり前だったはずの「躾」はどこにいったのか・・・

と思っていた時に図書館で、流行りの!?フランス流子育ての本を発見。

フランス人は子どもにふりまわされない 心穏やかに子育てするための100の秘密

フランス人は子どもにふりまわされない 心穏やかに子育てするための100の秘密

 

 子どもには勉強よりも社交性を身につけさせることで知恵をつけさせ、自由よりも制限を与えることで選択の幅を広げてあげる。一見逆説的にも見えるけれども、むしろとても論理的・理性的に、自分の人生を楽しみ、子どもに人生を楽しむ方法を教える。

ブログのタイトルもこの本の中の一句で、共働きなのに男が家事をしないという日本の悩める兼業主婦たちに「諦めるしかないよ、そもそも違う生物だから」と言ってのけるフランス人の凄さ。本当にそれでフランス人女性がたは平気なのか?と思うのですが、フランス人男性がたは相当褒め上手らしいから、「ん〜もう♡しょうがないわね」ということなのかな。逆にこれに共感できないひとは、フランス流の考え方には共感できないかもしれない。

 

ちなみに、フランス文化が凝縮されているのがフランス流食育ということらしく、食育からフランス流子育てを概観した本もあったので読んでみた。

フランスの子どもはなんでも食べる〜好き嫌いしない、よく食べる子どもが育つ10のルール

フランスの子どもはなんでも食べる〜好き嫌いしない、よく食べる子どもが育つ10のルール

  • 作者: カレン・ル・ビロン,石塚由香子(まちとこ),狩野綾子(まちとこ)
  • 出版社/メーカー: WAVE出版
  • 発売日: 2015/12/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
 

 

どちらの本も、そこそこ上流階級のワーキングマザーが自分の経験をもとに書いている本なので、生活の切実さみたいなものは微塵も感じないけれど、フランスでは食が民主化されていて、貧しいひとでさえ、いわゆる「フランス料理」を楽しんでいるんだというくだりは、本当にそうなら、現在の日本の子ども食堂が問題視している現状(チープなファストフードによる肥満化や孤食などなど)とリンクする。

 

SNSなどで、義母からの子育てへの口出しを愚痴ると賛同の声が瞬く間に集まり、他のひとの子育てに口出ししないのが美徳とされているなーと感じることが多いけど、子どもが他人に対して失礼なことをしているのさえスルーしなきゃいけないのかな。おせっかいフランス人たちが羨ましくなるのは、きっと、フランス流の考え方が母のそれにそっくりだからなのかな。

 

ちなみに、フランスを絶対視しているわけではなく、「フランスの子どもはなんでも食べる」の著者やその夫はフランスの生活に息苦しさを感じてカナダに戻っている。こういう本もほどほどに取り入れるのがいいのかな。 

 

 

「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛の系譜

 

「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛の系譜

「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛の系譜

 

 

妊娠中、助産師たちが「安産のため」の「日本の伝統的なやり方」としてレクチャーしてくれたのは、長時間の散歩やサラシを使って体を冷やさない方法から始まり、こんにゃく湿布や「斬新な」マッサージだった。それは私に合っていたし、別に批判するつもりではない。

ただ、娘は出産直前に脈が乱れ、緊急帝王切開で元気に生まれた。

「安産のため」にいろいろ頑張ったのに。

産後、助産師たちの目が冷ややかに感じられたとき、ああ、私は彼女たちにとって理想の妊婦ではなかった、それは妊娠中に努力した諸々があったとしても、「安産」という結果が得られなかった以上、妊娠中の努力云々は意味がないのだ、と強く確信した。

誤解があるといけないけれども、私は自分の出産には納得も満足もしているし、医師や助産師にはめっちゃ感謝している。ここで言いたいのは、「他者から押し付けられる理想」というのが、結構身近にあふれているのだ、ということなのですよ。

 

 「<日本人としての誇り>とか<皇国民としての使命>といった大義は、常に必ず他人を命令に従わせるために活用される」

この本は、大量な戦時中の出版物の事例を通して、このことを意識している。

「日本人は粘度の高いジャポニカ米を食べているから粘り強い」「日本人はアジアのお兄さんとして模範をしめさなきゃいけない」といった言説は、未だに小学校の道徳の授業やSNSなんかでもみられることがある。よく考えるとそれはなんの説明もしていない。なのに、言われるとなんとなくそんな気がしてきて、なんだか誇らしい気持ちになる。

 

『それはハッキリ言って「大きな勘違い」で』、仮にソニーがMade in Japanを世界に知らしめたとしても、また、納豆を食べるから欧米人よりも腰が強いとしても、それを聞いている私たち自身は『全然スゴくないまま』。

 

「スゴイ」言説を利用して、教師たちは小学生たちを男女問わず裸にして乾布摩擦していたし、チカンされた女子に対して「チカンされるのも悪い」と今でも聞くような自己責任論?を展開しているわけです。さらには「仕事はお金のためにするのではない」という言説を使って、労働者を酷使する「ブラック企業」の精神もこの時期に確立されている。

 

今日も会社員はサービス残業を続け、SNSでは謎の自己責任論が展開されている。一時期世間を賑わせていた文科省天下り問題もいつの間にか下火になって、日本人の「伝統」と言われる「お上のいうことは絶対」という精神を切り崩すのは、なかなか大変そうですね。

 

結婚と家族のこれからー共働き社会の限界

 

結婚と家族のこれから 共働き社会の限界 (光文社新書)

結婚と家族のこれから 共働き社会の限界 (光文社新書)

 

 

 

独身時代や、DINKS時代には、「会社を辞めようと思う」という話をすると、「転職するの?それとも世界一周の旅で自分探し?」なんて茶化されていたが、子供を授かってから同じ話をすると「専業主婦になるの?」と少し棘のある言い方をされることが多いように感じていた。

私としては、「会社を辞める」といっているだけで「仕事をしない」とは一言も言っていないけれども、まぁどちらにしても「それでも生きていける悠長な人生」として見られてしまうわけだ。

そうみられてしまうこともすごく納得できるものの、その背景をあまりちゃんと把握できていない、という思いは常にあった。だから、この本は、それを知るための一つのきっかけとして読んだもの。

 

この本は「公正であるべき社会」と「特別扱いする( =非公正)な家族」との兼ね合いのなかでどういう社会が目指されるべきなのかを説明しようとしている。

劣位の側にいると、「公正な扱いをしてくれ」と言いたくなるけれども、優位な側にいればできるだけその優位な立場を家族にも引き継ぎたくなる。このすごく単純な人間の感情を、「全ての人の生活が安定する」ということとどのように折り合いをつけるのかというのは非常に難しい問題だと思う。

この本で明示されているのは、

①家父長制は決して「古典的」なものではない

②家族をセーフティーネットとして扱うことが、家族の形成を妨げる

③共働き家族の増大が格差を助長する

という3点で、それぞれについては納得するし、政府が進めようとしている憲法改正などに対しても強い主張ができるような論調になってはいると思う。

特に、共働きが格差を助長するというのは私はとても大事な点だと思っている。共働きにも、「お金のために共働き」「夢のために共働き」とそれぞれ違う理由で共働きになっているわけで、十把一絡げにお金があるはずだ、とか大変だからもっと助けるべきだといったことは言えないと思っている。

ただ、この本自体はあまりお勧めではない、本当に申し訳ないけど、そもそも途中でなにをいっているかよくわからなくなってしまった。私の読解力が低いという指摘は甘んじて受けたいけれども、低い読解力の人に分からせるような文章構成にはなっていないと思う。

さらに、この方は計量社会学を専門としているといっているのに、その割には統計の読み方が甘すぎる。

お見合いや自由恋愛について語っている章で、1920年代生まれで4割を超えている「伝統的アレンジ婚」を少数派といって片付けたかと思うと(p74)、2割弱の不貞行為の経験者を「少なからぬ人(p228,232)」と言ってしまうというのは、あまり納得できませんでした。もちろん、この二つは議論している対象が違うので単純対比はできないし、事例としても小さいことなので「重箱のすみをつつく」となってしまうのかもしれないけど、そういう小さな不信が、この人のデータの読みの甘さへの不信と繋がってしまうとは思う。その辺りが計量社会学の難しいところで、統計は自分が論証したいことの論拠として出すものだから結論ありきになるのは仕方がないけれども、自分の論証したいことを示すために歪めてしまうのは、やはりそもそも論証したいことに無理があるということなのではないかと思ってしまった。

 

この著者は、確かに学術的に「家族」についての見解をまとめようとしているとは思うし、「多様な家族像を受容する社会ってどうしたら可能なのか」という問いは重要だとも思う。けれども、ところどころに見え隠れする「北欧的制度」への憧れがちょっと強すぎる。

 

少なくとも、「私や私の家族がよければそれでよい」という考えを元にした一人一人の行動が社会を破壊してしまう訳で、そこに対して自覚的であるべきというふうに考える上での根拠を得られたという点では有益だったとは思う。

中央銀行は持ちこたえられるか ──忍び寄る「経済敗戦」の足音

 

義父様に勧められて正月に一気に読んだ新書。

政権批判ではあるが、それを前面に出すのではなく、欧米諸国(アメリカも入っているというのが結構大事)の「中央銀行」がどのように情報公開を行いながら計画を立て、それを実践し、フィードバックしているか、という話でした。

今の政権の政策の甘さや誤りを指摘すると、政権の担い手をはじめ、支持者たちから「この人はわかっていない」と一蹴されてしまうように感じる昨今だけれども、河村さんは、非常に論理的に、「金融政策とはなにか」ということを説明してくれる。説明してくれるんだけど、私には正直、細かいことはよくわからなかった。「私は中央銀行の働きも、金融政策もよくわかっていない」ということがわかったことが一番の収穫で、この本のわからなかったところはもう一度読み直したいし、紹介されていた「東京マネーマーケット」を読んで、金融の実務をちゃんと知りたい。

これを読むと、現在の政権はバカなのか、という批判をしたくなりがちなんだけど、その前に冷静になって考えてみると、結局、金融政策をちゃんと見張ることができず、目先の情報に右往左往しているメディア、そして、誰より自分自身の愚かさを痛感する。

昔、大学のゼミで、「昔、電車に乗るとサラリーマンは新書を読んでたが、今は漫画を読んでいる」という話を聞いたのを思い出す。たとえ働く場は社会の末端であったとしても、社会全体の動きをしっかり見極めていたいし、そのための勉強は続けたい。

一年のはじめにモチベーションを高めてくれる本に出会えたことに感謝。

帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方

 

帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方

帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方

 

子供が生まれて、早期教育関係の案内が次々届く中、私たちが唯一娘に残せる遺産である「教育」をどうするか考えていました。

その中で、家族の外国人が多くいる我が家では、英語は重要な位置を占めています。

やはりお腹の中にいるときから英語を聞かせなきゃいけないのかしら、と思っていたときに、子供への英語教育を研究している友人に会い話しを聞いたら、なんと、1歳ぐらいまでは母語を確立するためには、英語をたくさん聞かせるべきではない、という話しを聞き、早期教育にいろいろ疑問を持ち始め、この本を読んでみました。

 

結論としては、「日本の英語の授業でしっかり勉強すれば英語は話せるようになる、大人になってから訓練しても遅くない」という話しでした。

 

本として読むと、同じ説明がなんどもくどくどと述べられているし、もっとあっさりさっぱりとまとめることができる内容だな、とは思うんですが、描かれていることはとても重要。

 

中学時代には発音を、高校時代には構文を、そして大学時代には多読をすることが通じる英会話に繋がるという内容で、非常に納得。

 

忙しくてリスニングばかりしていたけど、本で挙げられていたおすすめの本を読んで、英語のストックをもっと増やしていこうと思いました。

 

よい社会の探求

 

よい社会の探求―労働・自己・相互性 (選書“風のビブリオ”)

よい社会の探求―労働・自己・相互性 (選書“風のビブリオ”)

 

 

ロールズとかギデンズとかをなんちゃって読みしていた時代を思い出した。

彼らの引用を読んで「昔の著名なこの人って、こーゆーこと言ってたんだ!」とわかった気になっていた頃。

この本も、気をつけないとそういう風に読めてしまうなーと思った次第。

思想史は面白いけど、ただの「まとめ」であれば、結局まとめる人の「まとめたい方向性」があってのまとめになってしまうわけで、それぞれのテキストを象徴するものではない。

 

しかもこの本は、「よい社会の探求」というタイトルがつきつつ、実際は「よい社会の探求をどのようにしてきたのか」だったのか、というのがちょっとがっかり。

 

結局読むほど、「よい社会ってなんじゃい」という思いがぬぐえなかったけど、最終的に「正解はリクールの考え方じゃないかな」みたいな方向性がでてきて、「よい社会っていうのは結局、個々人それぞれの物語の中にある」のかなーと思った。

 

ともかく、新生児を育てながら読む本じゃないね。思うことがあっても、とてもじゃないけど、思考をまとめられない。が、少なくとも、今までの思想史の系譜をある程度概観することで、多少の議論の武器は得られたかもしれない。

 

他方、何千年も議論されてても、結局思想史でかんがえられていることがなかなか行き渡らないことを考えると、実践とはなんなのか、と考えさせられる。

鼻(ニコライ・ゴーゴリ)

 

鼻

 

 図書館で目にして、何故か借りてしまった一冊。

大爆笑というほどではないのですが、確かにファニーなお話でした。

「なんでそーなるかな」と思いつつ、予想外の出来事があったときについつい行ってしまいがちな行動・思考回路が多少デフォルメされながらも、なかなか忠実に表現されているなーと。

 

生きていく上で大事なのは、ユーモアだと思うんですよね。

今後も、こういうユーモアがあるお話を読んでみたいな。と。

ロシア文学は、今後も少し読み進めてみたいなー。