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This is the day

レビューを書いて文章力をあげたいという甘い考えの産物です。

SING FOR DARFUR

行ってきました。
SING FOR DARFURの試写会。
1人で日吉の慶応の建物に。

なんだこの疎外感w

いやまぁいいとして。

何故1人かというと、直前に母親にドタキャンされたから・・・
元住吉附近のひと、呼べばよかった・・・
次は誘うんで覚悟しろ!

なんか、ゴールデンエッグスのターキーヒルのバンドが来てた。
ジャッキーおばさん!
なんかノリノリで立ち上がって歌って楽しかった?
そして、TKOも来てたよ!全然面白いことやってなかったけどw
ってか、TKOの木本さんは頭いいな!ってちょっと思ったw

冗談はこの辺にして。

みなさんはダルフールの問題を知っていますか??
私はこれでも大学で国際法のゼミに入っていたので(といっても、今はグレて医療政策をやることにしましたが。あ、っていうか、大学院受かりました。むしろこれからだよね・・・みなさんについていけるか心配なので、これから勉強を一生懸命頑張りたいと思います)、ダルフール問題をかじりました。
ダルフール紛争の概要は、あまりに複雑で、簡単にいうことは難しいです(以下のHPをみても、結局なにが原因なのか分かりにくい)。
とりあえず、アラブ系VS非アラブ系という構図があるようです。
そして、今でも、連日、殺戮やレイプ、リンチが行われています。
そういう状況を知りたければ、ちょっと違うけど、「ホテル・ルワンダ」とか観てもらえばいいと思います。

詳しくはこちらのHPへ
JANJAN http://www.news.janjan.jp/world/0707/0707058445/1.php
WIKIPEDIA http://ja.wikipedia.org/wiki/ダルフール紛争

この映画でも取り上げられているように、この紛争には、国際政治が深く関わっていて、事態を複雑にしています。
特に、原油が大きな要素になっているようです。
そして、その原油が欲しい中国が武器を提供したり、国連軍の派遣を拒否したり・・・(拒否権あるからね)
但し。
その中国を私たちは手放しで非難できるでしょうか。
中国がやっていることは非人道的なことだけど、同じことを植民地支配の時代には行っていた。
今の世界は非人道的な出来事の上になりたってる。
私たちの日々の生活もそういった「非人道的な」出来事の恩恵なのです。
なんだか、家永三郎の「戦争責任」を思い出すね。

映画ですが・・・
観たときは「よくわかんない」と思い、アンケートも結構酷評を書いてしまったのですが(汗)、今思い直すと、凄く興味深い映画でした。
13組の人のお話がリレー形式で行われるんだけど、そのなかのいろんなエピソードが繋がってたり、いろんなアイロニーが含まれてたりして、今落ち着いて考えると、「もう一度観たいかも〜」って感じ。
なにがいいって、ダルフールの風景とかは一度もでてこない。
ダルフールのチャリティーイベントが行われている、ある日のバルセロナで、人が触れることで、物語の主体がその触れた人に変わっていく。
そして、いろんな人がいろいろな角度で、立場で「ダルフール」について触れている。
これが結構リアルで面白い。
例えば、アフリカからの砂嵐が来る、というニュースを聞いたある人は、「アフリカは援助をどんなにやっても砂嵐しかくれないのか」と言う。
ある中国人はダルフールと中国政府の微妙な関係に触れる。
そして、タクシー運転手は「原油が原因だ」と言及するんだけど、自分はまさにその原油が商売道具。
本当にありふれた、嘘のない日常が、いろんな人種・いろんな職業の人の目線ですすんでいく。
後からくるタイプの映画ですね。
今はすっごい好きになってきたw

この映画のHPも紹介します。
http://www.plusheads.com/singfordarfur/
このHPで、映画で最初に流れる歌が聴けます。
これを歌った男の子が、まだ生きているのかさえわからないけど。
是非、聴いてみて、感想を聞かせてほしいです。
ノンポリだって言う人も、戦争に興味がない人も、戦争が大好きな人も聴いてほしい。
ダルフールの人の心に、触れてみて?

野村監督が「人間の最大の悪、それは鈍感である」と行っています。
聖書にも、「いつも目を覚ましていなさい」と書いてあります。
わたしたちは、いつもアンテナを張っていなきゃいけないと思うのです。
自分が疲れてるとか、忙しいとか、そういう言い訳は誰でもできる。
そして、そういう言い訳が、ダルフール紛争への無関心を引き起こしています。
もう私たちは大人なんだから「知らなかった」ではすまされないと思う。
ただ、別に知ったからなにかできるわけでもないよね。
このSING FOR DARFUR PROJECTで面白いのは、そこを詐ってないとこ。
実際、この映画で作られた歌があるんだけど、その歌でも、「私たちにはこの事実を伝えることしかできない」って言ってる。
確かに、私たちはお金もほとんどないし、ボランティアにいくのも無理だよね・・・行く人がいるならそれはそれで凄いと思うけど、でも、行けばいいって問題でもないと思う。
でも、そういう、自分に出来る最大限のことをするのが大事なんじゃないだろうか。
私は、最初は南アの研究をしたくて、でも自分はそこでなにができるのか、っていうところで凄く悩んだし、引っかかったんだよね。
で、私は、やっぱり、自分がなにができるのかを誇張も卑下もなく考えたかった。そして、今の選択に至った。(かなり省略しましたw)
そんな風に、なにかを知る・そういう事実に向かってなにか自分の最大限のことをする、ってのが大事なのだと思うのです。

とりあえず、自分でいっぱいいっぱいになるのではなく、いろいろなところに常にアンテナを張っていたい。
常に目を覚ましていたい。
そう感じたのでした。

駄文なのに、最後まで読んでくれてありがとうございます。