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This is the day

レビューを書いて文章力をあげたいという甘い考えの産物です。

歴史学における方法的転回 (現代歴史学の成果と課題1980‐2000年)

歴史学における方法的転回 (現代歴史学の成果と課題1980‐2000年)

歴史学における方法的転回 (現代歴史学の成果と課題1980‐2000年)

 5つの章で、世界史の構成や時代区分、ジェンダーと女性史、表象の歴史学と歴史意識の問題を捉えています。取り敢えず、面白い。最近の歴史の動向はすごいわかるし、これは論文集なので、やっぱり面白いの、面白くないのがあって、読み応えがある。いろいろ考えさせられるしね。
 現在の歴史学の動向を学んだり、自分の研究対象の歴史学的な発展が知りたければ結構オススメですよ!

 私自身はジェンダー論者ではなく、そのような運動に関わったこともない。ただ、私が研究テーマとして挙げている「助産」や「保健」という分野は、女性やジェンダーといったテーマに非常に近いものであるといえるだろう。実際、参考文献を調べたり話を聞いたりする中で、「ジェンダー」を意識することはあり、過度の「女性礼賛」には違和感を覚えることもある。
 さて、今回取り上げた論文もまた、私の研究分野に近いものであり、興味深く読んだ。総論や各論1として、ジェンダー史と女性史についての記述があるが、男性性が中心となっている歴史観に、女性性からの歴史観もいれる必要性はあるだろう。
 但し、これは本文中でも指摘されていることではあるが、男性との対立概念として女性を挙げているように思えるが、女性も多様である。女性であることの共通点として挙げることができるのは、せいぜい身体的特徴ぐらいだろう。これをひとくくりにして「女性史」を打ち立てることは、結局「支配的な『女性』の歴史」を作るだけであり、今まで支配的だった男性的な歴史観の構造を脱却してはいない。
 授業中にでた「男女平等派と差異派を端緒とする問いの立て方がそもそも間違っている」という指摘は面白い。「性差が優劣と結びつかない特質を解明して、それを優劣に結びつけた時代的・社会的特性を把握することが必要である」(p165)とあるように、大切なのは、現在の社会や学問において支配的となっている原理がなんであるのかを把握し指摘すること、そしてその原理の弱点を補正し、必要があれば代替できる原理を提示することであろう。
 私は、女性史観ジェンダー史観がいまや見過ごすことのできない重要な歴史観であることは認めるが、一方で、この歴史観が今まで支配的であった「男性史観」的な歴史観と完全に取って代わるべきだとは思わないし、それが可能だとも思えない。むしろ、複雑な「事実」を様々な歴史観から考察できるようなパラダイムが必要なのだと思う。
 一方、各論3の『「家」から「家族」へー日本近代家族と女性たち』という論文は、戦時下に植民地にいた女性を例にあげて、先に指摘したような「多様な女性」を具体的に述べ、更に、その「女性」「男性」という区分さえ乗り越える道を示唆している。
 また、各論3においては、女性運動と政治動向との関わりについて触れられている点も興味深い。支配的なものに対抗しているつもりが、むしろ都合良く用いられてしまっていたということもあるだろう。これはまさに運動が持ちうる危うさであるとも言える。
 この論文を読んで、改めて「運動」が学問となることがどういうことなのか、また運動と学問の違いはなんであるのか、ということを考えさせられた。私はジェンダー学にも女性学にも詳しくないのであるが、こういった学問は、運動と密接に結びついているように感じる。先に述べてきたように、女性という要素は社会に新しい視点をもたらすとは思うが、社会的に有用である、もしくは社会的に求められているから即座に「学問」として成立するというわけではないと思う。なので、女性史やジェンダー史を専門とする人々も、自分たちが拠って立つところはどこなのか、自分の研究はどのような目的をもつのか、ということを常に意識する必要があるだろう。もちろん、これはどの研究分野でも当てはまるとは思うのだが、運動的な性質をもつジェンダーの分野においては、なおさら必要であると感じるのである。
 以上、ジェンダー史・女性史について考察を行ってきた。私は、この分野は歴史の中でもとりわけ客観性が担保しにくい分野であると感じている。ある事件があったとしても、それを性差別によるのだと考える人もいれば、全く別の事柄に帰着させる人もいるだろう。デリケートな問題にもなりやすいためそもそも「事実」を発見するための史料も多くないと思われる。また、史料があってもそこにある「事実」が網羅的なものであるとは限らない。しかし、だからこそ、この分野には歴史解釈の可能性がふんだんに残っているとも思う。現在を正しく認識し、更によりよくしていくための材料を提供してくれる分野として、今後のジェンダー史・女性史に期待している。