This is the day

レビューを書いて文章力をあげたいという甘い考えの産物です。

『ユーミンが結婚した辺りから、日本では「処女のまま結婚する」という女性は激減していったのではないかと、私は思っています。』

 

ユーミンの罪 (講談社現代新書)

ユーミンの罪 (講談社現代新書)

 

 

ラジオの効果とは恐ろしいものだ。

たくさんのお気に入り曲を教えてくれる反面、耳馴染みの良くない流行曲も押し売りしている。不思議なもので、嫌いだったはずの曲が、何度も何度も聞いているうちに思わず口ずさんでしまう曲に変貌する。

レコード業界の戦略にハマったと言えばそれまでだけど、そういう曲が私の「懐メロ」になっていたりする。

では、そうではない「好きな曲」というのは、どういう曲なんだろう。 

おそらく、自分の目の前の課題とオーバーラップした歌詞や、課題に向き合っていた際に意識して何度も繰り返し聞いていた曲なのではないか。それこそラジオなどで不意にそういった曲を聞くと、辛かった日々がフラッシュバックする。

 

この本も、「ユーミンの歌を聞いていた頃」を振り返り、ユーミンの曲がいかに自分の人生とオーバーラップしていたか、いかにユーミンに励まされたか、ということを語る、というものである。

 

ただ、この本には、非常に致命的な課題がある。それは、「ユーミンとオーバーラップする」という経験はその人自身の経験であって、残念ながら、当時の若者全般を代表するものではない、ということだ。

さすがバブル世代だなーと思うのだが、本人は、自分が時代のど真ん中にいて「みんなそうだった」と思っているらしい。その時代の寵児として駆け抜けた一握りの人たちは確かにいたし、その人たちには、この本で描かれる思い出たちは「あるある」なのだろう。ただそれは、残念ながら、「みんなが経験したなにか」ではない。

 

著者たちがキラキラした世界で蝶のごとく羽ばたいていたとき、社会の底辺で生きていた人や地方都市で地味に生活していた人も確かにいた。彼らはテレビやラジオから流れてくる「流行りの曲」としてユーミンを知り、CDを購入し、聞いていただろう。彼らは、憧れこそすれ「自分とは違う世界の話」として割り切って聞いていたんじゃないだろうか。売れる曲が必ずしも、「みんなの気持ちを代弁している」のではないことは、ジャニーズやAKBといった事例をみれば明らかだ。

 

百歩譲って、CD売上枚数が「みんなの気持ちを代弁している」ことの表れなのであれば、時代の切り取り方が非常に恣意的だ。ユーミンのファーストアルバムからバブル崩壊期までしか取り上げられていないが、ユーミンの代表曲の一つとも言える「真夏の夜の夢」や「春よ、来い」は、このあとに発売されている。実際に、オリコンチャートでユーミンのCD売上を確認すると、1位は1998年に発売された、当時のユーミンベストといえるような内容のCD(『Neue Musik』、ちなみに「真夏の夜の夢」と「春よ、来い」が入っている)で、2位は、1994年に発売された「春よ、来い」が入っているアルバムだった。一番売上があったアルバムを無視して、「たくさん売れててみんなの気持ちを代弁してて・・・」と言われても、いまいちピンとこない。

 

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時代の切り取り方についての理由も特に説明されず、「ユーミンファンの数だけ、『ユーミンとの蜜月』ストーリーが存在する」とまとめることで免罪符にしている感がある。それとも、オタクが言いがちな「売れる前のほうがいい曲があったんだ」ということなのかな。

 

「私」がスタートの「みんなそうだった」なのだから、正確な時代考証などをすれば、この本の内容はきっと簡単に崩れてしまう。例えば、ユーミンの結婚のせいで処女喪失が結婚と連動しなくなってしまった、なんていう言説があるのだが、そもそも当時、結婚と同時に処女喪失する人がどれぐらいいたのか、じゃあ親世代はどうだったのか、なんてことには一切興味がない。おそらく、日本ではそもそも処女のまま結婚する人は一定の割合しかいなかったんじゃないか(いつかこれもちゃんと考察したい)。

 

この本が売れているとするならば、それはきっと、バブル時代にどっぷりと浸かっていた消費市場主義から抜け出せない人たちが、その時代を懐かしみたいからなのだろう。事実や時代考証なんてどうでもいいのだ。自分が救われて、自分が気持ちよければ。ユーミンの曲を都合よく解釈して、その場その場で自分を肯定できれば。心のどこかで求めていた「私を肯定してほしいという気持ち」さえ満たされれば。

 

「だってユーミンがそれでいいよって歌うんだもん」と思い込みながら自分の人生の主体的選択を放棄し、思ったようにいかないと「ユーミンのせいだ、ユーミンの罪だ」と赤の他人に全責任をなすりつける。仕事も恋も中途半端でまだ独身のかわいそうな私。

その思考の浅はかさと不真面目さが、日本に数十年にわたる不況とそれに由来する様々な社会不安、政治への無関心や社会構造の硬直化を生み出したんだ。

ユーミンの罪というなんて、自分が好きなアーティストに対する冒涜ではないか。

自分の人生と真剣に向き合わなかった、あなたの罪、の間違いだろう。